『 すっぱい・あまい ― (3) ― 』
ザックザック ザック う〜〜〜んしょぉ〜〜
・・・ ぼこ!
「 ぬけたあ〜〜〜 ぬけたよぉ〜〜 ほら〜〜 」
「 わ すばるってば すごい〜〜〜 」
「 えへへへ・・・ これ どこにおくの? 」
「 ああ そこの道の上に置いて・・・
こっちの ・・・ お父さんが刈ったのも、運んで 」
「 「 へ〜〜い 」」
コドモ達は 雑草の束をうんしょ・・・っと持ち上げる。
「 持てる? 結構重いでしょう 」
「 へ〜き。 おか〜さん、僕 ちから持ちなんだあ〜〜 」
「 うわあ ひっつきむし がいっぱい〜〜〜 」
「 え 虫??? 捨てて すてて〜〜〜 すぴか 」
「 おか〜さん ひっつきむし ってね〜 草の み だよ?
ほら ・・・ ここにくっついてる 」
すぴかは セーターの袖をひっぱる。
「 え ! み って・・・ あ ああ 草の実 ねえ 」
「 ほうら〜〜 くっくつぞぉ〜〜〜 」
「 きゃ ・・・ あら ホント 落ちないわ 」
「 おと〜さんにも ひっつけ〜〜 えいっ えいっ 」
「 あはは〜〜 すごいね〜〜 いっぱいくっつくなあ
さあ 抜いた草はこっちに積み上げよう 」
「 おと〜さん これ どうするの? すてる? 」
「 いや 八百屋さんは肥料にするってさ 」
「 ひりょう? 」
「 草や樹のごはんになるの。 すぴか達のごはんと一緒よ 」
「 ふう〜〜〜ん 」
「 ごはん もらったらげんきになるね〜〜 うめさん♪ 」
すばるはいつも優しい。
「 そうね み〜〜んなが元気になれるといいわね
さあさあ ここを片してお弁当さんにしましょうね 」
おかあさんは にこにこ・・・ 大きなバスケットを持ち上げた。
わあああ〜〜〜〜〜い ♪♪
・・・ おとうさんが一番喜んでいた ・・・
日曜日 ― 島村さんち は家族で梅林にやってきた。
梅林の下草を ざっと成敗して ― いよいよ お弁当タイムとなった。
あ アタシ うめぼし〜〜 僕 たいみそ〜〜〜
ジョー? それ シャケじゃないわよ?
え!? ・・・ あ ごめ〜ん すぴかのうめぼし だったあ
いいよ〜 アタシ おと〜さんのしゃけ たべるから
・・・ くう〜〜
おと〜さん? 僕のたいみそ あげるよ?
うわ〜〜〜 ありがと すばる〜〜〜
わいわい・きゃわきゃわ ・・・ お外で家族で食べるお握りって
ど〜してこんなにオイシイのかなあ〜〜
― 皆がそう思っていた ・・・
お握りを詰めてきた大きな箱は たちまち空っぽに近くなり
皆 い〜〜〜〜〜っぱい 食べた。
どのお握りも いつもと同じなんだけど いつもより信じられないくらい
美味しかった!
お弁当の後、ジョーとフランソワーズは の〜〜んびり
レジャー・シートに座り込み 梅林を鑑賞した。
「 ・・・ すごいなあ ・・・ 」
ジョーは 溜息つきつつ梅を見上げている。
「 本当に ね ・・・ 花の天井だわね 」
フランソワーズも ほう・・・っと吐息をつく。
「 こんなに近くで見たのって初めてだけど さ ・・・
梅の花って なんかすごい存在感があるのな 」
「 え どういうこと 」
「 う〜〜ん ・・・ 上手く言えないけど ・・・
桜ってさ なんかこう〜〜 ふわふわしてるよね?
枝に満開の時からさ 」
「 ああ ・・・ ええ そうねえ・・・・
うす〜〜いピンクの雲 みたいよね 」
「 ウン。 そしてさ、すぐに ひらひら ・・・ 風に乗るんだ
けど 梅は ・・・ じっとしてる。 」
「 じっとしてる?? ・・・ ああ そうね そんなカンジ 」
「 じ〜〜っと 見てる ― そんな気がする な
枝に座って じ〜〜〜っと ね 」
「 サクラみたいに 華麗な雰囲気じゃないけど ・・・
わたし 好きだわ。 なんかこう・・・ 地に足がついてるの。
わたし ここで咲いてます って主張してるの 」
「 あ〜〜 そういう風に思うのかあ ・・・
なんか フランの感受性ってすごいなあ 」
「 そうでもないわよ これはね すぴかの感想が元なの 」
「 へえ・・・? あ お握りの残り、 もらっていい 」
「 ど〜ぞ。 あ ・・・ 大丈夫? 」
「 カルイ 軽い〜〜 あ〜〜 ウマ☆ ん〜〜〜〜 ・・・
あ それで すぴかが なんて 」
「 うん ・・・ すぴかがねえ お握り 持ったままね 」
「 おか〜さん 」
すぴかは じ〜〜〜っと白い花を見上げている。
「 なあに。 キレイねえ ・・・ 」
「 ウン あのさ うめ って。 まるいよね 」
「 まるい ?? 」
「 そ。 お花 まるいよね こう〜〜〜 くるん って 」
「 ・・・ そうねえ 可愛いわねえ 」
「 まるいお花が じっとしてるよ アタシ ここ! って。 」
「 うん ・・・ とっても静かね 」
「 ・・・ うん 」
お父さんとすばるが きゃわきゃわ〜〜 お握りを食べている横で
すぴかは だまあ〜〜〜って梅の花を見つめているのだった。
「 ・・・ そっかあ〜〜〜 ・・・
すぴかって なんか変わった感性を持ってるねえ 」
「 ね? わたし とても好きなんだけど・・・
編集者としては どう思う? 」
「 ― え ・・・ う〜〜〜ん まだなんとも・・・
思春期前のコドモって まだ半分は天使だからなあ 」
「 ・・・ そっか ・・・ そうね ウチには天使が二人もいるのね 」
「 そ〜いうこと。 先のことはわかりません。 」
「 う〜〜ん ・・・ そうかあ〜〜
あらら すばるはものすごくご機嫌ちゃんね 」
「 ふふふふ ・・・ もうさ〜〜〜 アイツ、大はしゃぎで
ぼくにナイショ話してさ〜 」
「 おと〜さ〜ん い〜〜いにおい〜〜〜 ♪ くんくんくん〜〜〜 」
「 梅の香り だよ。 ほんわり甘くていい香だよね 」
「 ね〜〜〜 いいにおいだよね〜〜 すきだあ〜〜
あのね あのね おと〜さん! いいこと、おしえたげるね〜 」
「 ?? なんだい 」
「 あのね〜〜 うふふふふ このにおい、おか〜さんといっしょ。
おか〜さんのおむねにね かおつけるとこのにおい するんだ〜〜 」
「 ( ! な なぬ〜〜〜〜 )
あ ・・・ そ そうかい ・・・? 」
「 うん♪ ね おと〜さんもこんど くんくん してごらんよ 」
「 ・・・ お おう ・・・ 」
「 ― ってさ。 」
「 まあ〜〜〜〜 すばるってば ・・・ 」
「 で〜〜は♪ 息子の推薦により〜〜〜 梅の香り 楽しみまあす 」
がば。 ジョーは 細君のブラウスの胸に顔を埋めた。
「 え?? あ ・・・ もう ・・・ 」
「 ・・・ ん〜〜〜〜〜〜〜 いい香りだあ〜〜〜〜 」
「 すばると同じレベルなの ・・・ ホントにぃ 」
「 う〜ん。 アイツは強力なライバルだな〜〜 侮れない。
・・・ んんん〜〜〜〜 これはぼくの、さ ぼくの奥さん♪
ん〜〜 ( ちゅば )」
「 ・・・ こらあ ・・・ もう〜〜
あ そうだわ、 ねえ キシュウ ってどこ? 」
「 ん〜〜〜 はい? きゅうしゅう? 」
「 ノン ノン。 九州じゃないわ キシュウ。
この梅はね おばあちゃまの御主人が キシュウ から取り寄せたって。
キシュウってどこのこと? 」
「 ・・・ あ〜〜〜 ・・・ えっとぉ 日本です 」
「 それはわかってます。 日本のどこ ですか 」
「 ・・・ スマホに聞いてください 」
「 目の前にニホンジンがいるのに? 」
「 ― あ〜〜 ぼく ハーフ なんで〜〜〜
二ホンのコト ヨクワカリマセ〜ン 」
( ジョー君。 紀州は 和歌山 だよ )
「 ずる!! 」
「 はい ぼく ズルいんです・・・ なあ 今晩 さあ? 」
「 はい? 晩ご飯のリクエストですか? 」
「 ・・・ だ〜か〜〜ら〜〜 そのう 夜 〜〜 」
「 早寝早起き 規則正しい生活を。 明日は月曜ですし 」
「 だから〜〜 新しい週へのエネルギーを 」
「 はい ですから。 しっかり休みましょうね。
すぴかもすばるも いっぱいご飯たべてちゃんといつもの時間に寝ますよ 」
「 ・・・ すばるに負けそうだ ・・・ 」
あははは あははは おと〜さん おか〜さあん
チビ達の歓声が 梅林に響きわたる。
すぴかとすばるは 梅林の間の山道を駆けまわっている。
「 あは ・・・ 元気だなあ〜〜 」
「 草刈りも手伝ってくれたし ・・・
ああ 今晩、ごはん、多めにセットしておくわ 」
「 だ ね ・・・ う〜〜ん 春がくるなあ 〜 」
「 ・・・ ね ・・・ 」
大きな手の中に するり と白い手が滑り込んできた。
まだまだ浅い早春の陽射しが ほ〜〜んわか 島村さんち の
家族を照らしていた ・・・
サッサ −−−− シャ −−−
竹箒が 勢いよく道路を掃いてゆく。
「 ふん・・・ まあ こんなトコか・・・
ああ もうちょっと先まで掃いておくかね 」
八百藤さんの店の前で おばあちゃんは張り切って掃除をしている。
山道で転んで怪我した数日後。
八百屋のおばあちゃんは うんと早起きをした。
早春とはいえ まだ薄暗い時間におばあちゃんは身支度を整え
店の戸口を開けてそうっと往来に出た。
「 ふ ・・・ さむ ・・・ ああ 今朝もいいお日様だね 」
おばあちゃんは手を擦り合わせていたが すぐにしゃきっと
背中を伸ばした。
「 ― お天道様 どうか今日も一日 皆が無事に過ごせますように 」
東の空に向かって 手を合わせ拝む。
「 さあ〜〜て。 始めるかね。 ずいぶんと怠けちまった・・・
いててて ・・・ う〜〜〜 まだ足が痛むけど
ふん! 掃除してりゃ治るさ! 」
おばあちゃんは 竹箒と塵取りを持ち上げた。
手慣れた様子で 往来を掃き清める。
「 ふんふん〜〜 なんだかぽかぽかしてきたよ
そうだよねえ ずうっとこれはアタシの日課だったんだ・・・
それを ちょいと脚が痛いからって 怠けてた・・・ 」
シャ シャ シャ。 ゴミを丁寧に塵取りに集めた。
「 ひきこもり ってヤツかね ・・・
だからますます脚は弱っちまったんだ うん。
お医者のヤマダ先生のおっしゃる通りさ。
山道ですっ転んだのも 自業自得ってことだよ。
ほんになあ・・・ すぴかちゃん達がいなかったら ・・・・
アタシはここにいないかも ・・・ 」
ふと 箒を持つ手が止まってしまったが
元来が 働きモノのおばあちゃんのこと、 すぐ気を取り直す。
「 ふん! よっしゃあ〜〜 もうちっと先まで行くよっ 」
店の前だけじゃなく 商店街の中通り、かなりの部分を
おばあちゃんは 掃き掃除を完了した。
その時分には お日様はすでにしっかりと顔を出し
仲通りを抜けてゆく人々も増えてきた。
おはよ〜〜 おはよ〜ございます〜
そんな声もあちこちから聞こえてきた。
「 はい おはよ〜さん 元気でいっといで おはよう〜〜
」
おばあちゃんも 笑顔で挨拶を返しつつ 箒の手は動いている。
シャ シャ シャ −−−−
「 ふ〜〜ん ・・・ ああ なんか気分 いいねえ〜〜
朝の空気は な〜〜んてオイシイんだろ 」
パパア〜〜〜 軽トラが裏から回ってきた。
「 ばあちゃん 市場、行ってくるぜ 」
窓から 八百屋の大将が声をかける。
「 おう いっといで! しっかり仕入れ、頼むよ 」
「 あいよ 」
「 お義母さん あと、お願いします〜〜 」
「 ああ 頑張っておいで〜〜 留守は任せな 」
「「 いってきます〜〜 」」
軽トラは ジャリを飛ばし国道へカーブを切っていった。
「 ・・・ ウン。 これがウチの、八百藤の朝 さ。
さあ〜〜 あとは簡単に打ち水でもしておくかね・・・
ああ いい朝だ ・・・ 」
す〜〜は〜〜〜 す〜〜は〜〜
おばあちゃんが思いっ切り深呼吸した。
「 空気がおいしいねえ・・・ 働いた後は格別だ。
うん これが本当の朝 だよ ・・・ あ ? 」
タッタッタッ −−−−− カチャカチャカチャ
元気な駆け足とランドセルの音が聞こえてきた。
「 ・・・ あ! おば〜ちゃ〜〜ん
おはよう〜〜ございます〜〜〜〜〜 」
金色のお下げを ぴんぴん振り回し、島村すぴかが駆けてきた。
ず〜〜っと走ってきたのだろう、ほっぺはピンク色だ。
「 ああ すぴかちゃん おはよう〜〜〜 」
「 おば〜ちゃん げんき〜〜? 」
「 元気ですよ。 お掃除、していたところ。 」
「 そ〜なんだ〜〜 じゃ いってきまあす〜〜 」
「 はい 行っておいで、 気をつけてね〜〜 」
「 は〜〜い 」
水色のマフラーを翻し すぴかはたちまち駆けていってしまった。
おはよ〜ございまあす〜 の声がどんどん遠ざかってゆく。
「 やれ・・・ ほんとうに元気な子だねえ・・・
ああ あのマフラーとセーターは 手編みだった ・・・
あのお母さんは 本当にマメだねえ 〜 たいしたもんだ 」
とんとんとん・・・ 腰を叩いてう〜〜んと伸びて。
「 さあて。 そろそろ洗濯も終わった頃だろうよ ・・・
しっかり干してくるかね ん?
・・・ ああ 後続部隊が来たね 」
たっ たっ たっ カチャ カチャ
のんびりした足音が ゆっくり近づいてきた。
「 あ やおやさんのおば〜ちゃん おはよ〜ございます〜〜 」
茶髪の小学生が きっちりとまってご挨拶。
「 はい おはようさん すばるクン。 ああ 今朝も元気だね〜 」
「 おば〜ちゃんも げんきですか 」
「 元気ですよ〜〜 お掃除してたんだよ 」
「 では さよ〜なら ・ いってきます 」
すばるはもう一回 きちんとアタマを下げると
さっきと変わらない足取りで の〜んびり歩き始めた。
「 ああ いっといで。 すばる君、もう少し早足、しないと
遅刻するよ〜〜〜 」
「 おばあちゃん いってきます〜〜 」
すばるは立ち止まりまたまた丁寧〜〜〜にお辞儀をしてから
ゆっくり歩き出す。
「 ほらほらほら 急ぎなさいよ すばる君・・・
ほっんとに面白くて可愛いねえ〜〜〜 あの二人は・・・ 」
朝の往来の掃除と共に 双子の見送り は 八百屋のおばあちゃんの日課になった。
「 足腰をね 鍛えないと ・・・!
うん、今年はどうしても 梅干しを漬けるんだから。 」
箒と塵取りを持ち上げる。
「 さ ウチの中の掃除もしようね。 美味い味噌汁をつくっておこう。
野菜の仕入れは重労働だものね 」
一週間前まで ぼんやり家に引きこもってTVをながめていたご老人とは
まったく別人となり しゃきしゃき家事をこなし始めた。
早朝の掃除・家事と共に 地域の小学生の見守り隊 も
務めてくれるようになってゆくのである。
さて ・・・
山の梅林も 海岸通りの桜並木も 咲き誇った花を散らし
五月晴れの後 ― しとしと ・・・ 雨の季節がやってきた。
「 こ〜んにちは 〜〜 」
傘を並べて 親子連れが三人 八百屋さんの前に立っている。
「 く〜ださいな〜〜〜 あのね とまと ください 」
金髪のお下げが 女の子の背中で跳ねている。
「 くださ〜い な〜〜 きゅ〜り ください〜〜
・・・ あまい きゅ〜り がいいです 」
彼女の後ろで 茶髪の男の子がはにかんでいる。
「 まいど〜〜 いらっしゃ〜〜い すぴかちゃん すばるクン
トマトときゅうり だね? 」
店の奥から大将が飛んできた。
「 はい トマトは一箱、おねがいします。
キュウリは10本 ・・・ あと 今 美味しい果物、なんでしょう? 」
コドモ達の後ろでは 金髪美人のお母さんがにっこり。
「 あらあら いらっしゃい、島村さんの奥さん〜〜
今 旬の果物は 桃 かしらね。 ソルダムなんかもオイシイですよ 」
八百屋のおかみさんは 赤いつやつやしたフルーツを見せてくれた。
「「「 わああ〜〜〜 おいしそう 〜〜〜〜 」」」
「 ほい、トマト一箱 キュウリ10本ね。 」
大将は手際よく 持ちやすいように荷物をまとめてくれた。
「 ありがとうございます。 あ じゃあ ソルダム ください。
これは このまま? 皮を剥いて食べるのですか? 」
「 そうだよ〜 皮はね、手で剥けるよ 冷やしておくと美味しいよ 」
「 そうなんですか 本当にキレイな色ですねえ 」
「 おか〜さん。 おと〜さん もも すきだよ? 」
すぴかが つんつん・・・ 母のスカートを引っ張る。
「 あ ああ そうね。 それじゃおじいちゃまとお父さんに
桃も 買ってゆきましょうね 」
「 うん! ねえ おか〜さん ・・・ これ ナイショなんだけどさあ 」
「 ? なあに 」
「 うん・・・ あのさあ うら山にも もも あって。
ちっこい実、 なってるんだ 」
「 へええ?? 裏山に?? すごいわねえ
すぴかさん 今度案内して。 美味しいかしらね〜〜 」
「 う〜〜ん??? まだ ピンクじゃないんだ。 黄色っぽい 」
「 そうなんだ? 裏山は陽当たり、悪いからかなあ 」
「 そっかあ・・・ ふうん 」
「 おか〜さん。 ばなな ・・・ 」
すばるが お母さんの側に寄ってきた。
「 え? ああ すばるクンのバナナはまだお家にありますよ 」
「 そっか〜〜 よかったぁ 」
ガサガサガサ。 どさ。
八百屋の大将が 荷物をまとめてくれた。
「 さ どうぞ。 え〜〜と? キュウリは 」
「 アタシ! 」
「 じゃ ソルダムと桃は すばるクン かな? 」
「 はい。 あ トマトの箱はわたしが 」
「 おか〜さん。 アタシ、もてる。 」
「 そう? それじゃ すぴかさん お願いね。
すばるクン 桃が傷まないようにそ〜っとおねがいね 」
「「 うん !!! 」」
双子達は 膨らんだリュックを背負ってご機嫌ちゃんだ。
「 重くないかい? 二人とも 」
「 へいき! ね〜〜 すばる? 」
「 うん へいき。 ね〜〜 すぴか 」
「 ああ ああ 今日も元気だねえ〜〜 」
「「 あ おばあちゃん〜〜 こんにちは〜〜」」
店の奥から おばあちゃんが出てきた。
ぱりっと糊の利いた割烹着をつけ にこにこ顔だ。
「 はい こんにちは。
ああ お母さんもご一緒だね・・・ よかった。
実はねぇ 」
「「 ?? 」」
「 すぴかちゃん すばるクン にお願いがあるんだけど 」
おあばちゃんは にこにこ ・・・ こんな提案をした。
梅雨が明けたら 梅の実の収穫を手伝ってほしい
「 どうかねえ お母さん 」
「 勿論 家族で伺います! ジョー いえ 主人はそういうこと、
大好きなんですよ 」
お母さんは即決で返事をした。
「 そうかい そうかい ・・・ 嬉しいねえ・・・
今年はね あんた達が雑草退治をしてくれたから
大きな実がたくさんなってねえ〜〜 」
「 あの白い花の実 ・・・って。
わたし 初めて見るんです。 梅干しのもと でしょう? 」
「 そうだよ そうだよ。 あの白い花の実を収穫してね
塩に漬けて土用のころに三日三晩 干さないといけない。 」
「 へえ・・・ 」
「 おば〜ちゃん。 うめぼし できるの? 」
すぴかがものすごく熱心な顔で質問してきた。
あの日、 頂いた梅干しの味があんまり好き過ぎて忘れられない。
「 そうだよ〜 今年はね ばあちゃん、張り切って作るから。
すぴかちゃん 楽しみにしておいで 」
「 うん !!!!! 」
「 そうそ ・・・ 梅シロップに梅ジャムも作るからね〜〜
甘党のすばるクン、 待っておいでね 」
「 うめじゃむ?? うわ うわうわ〜〜〜〜
それ あまい よね? うめしろっぷ? うわあ〜〜〜 」
すばるは嬉しくて ほっぺが赤くなってきた。
「 まあまあ すごいですねえ・・・
梅から そんなにいろいろなものが出来るんですか 」
「 そうだよ。 ま まずは梅酒から かね。
楽しみにしてておくれ 」
おばあちゃんが 一番嬉しそうに笑う。
「 いやあ 今年は少しは店に出せるかも ですよ。
この地域でも 梅酒とか作る家庭はまだまだありますからねえ 」
八百屋の大将も上機嫌で会話に加わる。
「 簡単にできる方法 講習会するかなあ 店先でやれば
皆 気楽に寄ってくれるだろ 」
「 あのう ウチでも作りたいです、教えてください
果実酒っていうんすよね? すご〜〜く やってみたいんです 」
ワインの国からきた奥さんは とても熱心だ。
「 あいよ、 お知らせしますからね いらしてください。 」
「 はい 是非!
じゃ 収穫には家族で参加しますからね 」
「 お願いしますよ 肉屋さんのトコも来てくれるって 」
「 あ〜〜 はやく 雨の季節が終わればいいですね 」
「 ・・・ほんとうにね 」
皆 傘ごしに 絶えまなく落ちてくる雨粒を ちょっと恨めしい気分で
見上げるのだった。
― さあて。 なんとか晴れ間が見える日に
山の梅林では 収穫作業 が行われることになった。
島村さんの家族は 長袖に長ズボン、しっかり武装?している。
「 手足は出さないほうがいいかなあ と思って 」
お父さんはさらに軍手に長靴、と完全武装だ。
「 おやあ〜〜 ありがとうね〜〜 若旦那サン。
そうなんだよ〜〜 優しく 優しく 実を収穫してね 」
おばあちゃんが 一番張り切っている。
割烹着に長靴、手拭いでしっかり 姉さん被り をしている。
「 このカゴに入れておくれ。
チビさんたちは下に落ちている実を 拾ってね 」
「「 はあい 」」
双子達は 神妙な顔でこくこく ・・・ 頷いた。
「 奥さん このハサミでね こう〜〜 パチン、と ね 」
「 はい! 」
フランソワーズは おばあちゃんの手元をじ〜〜っと見ている。
「 さあ〜 お願いしますね〜〜
でもね。 その前に一番大事なこと 話すよ
さあ よ〜〜く聞いておくれ。 」
「「 ?? 」」
すぴかとすばるは 目をまん丸にしておばあちゃんを見上げた。
おあばちゃんは 今 採ったばかりの梅の実を目の前にだす。
「 いいかい。 絶対に絶対に この青い実を齧ってはいけないよ 」
「 ・・・ すっぱ〜いの? 」
「 いいや。 齧ったら死んでしまう。 」
「 え ・・・ すっぱすぎて ?? 」
「 うんにゃ ちがう。 この実はね 青いころは猛毒なのさ 」
「 ・・・ え ・・・ ど どく ・・・? 」
「 そうだよ。 食べたら死ぬ。 脅かしじゃない。
動物たちもよ〜〜く知っているからね ネズミもハクビシンも
絶対に齧らない。 」
「 ・・・ し しぬ の ・・・? 」
「 うん。 この実はお酒や塩漬けにすることで その毒は抜ける。
けど、 生で齧ったら ― 死ぬ。 わかったね? 」
「 ・・ う うん 」
「 触っても大丈夫。 でも 口に入れてはいけない。
― わかったかい 」
「「 はい 」」
すぴかもすばるも 真剣な顔で頷く。
後ろにいるお母さんの顔が すこし蒼ざめる。
「 ・・・ ジョー・・ ねえ これ 毒なの? 」
白い手には まあるい青い実が・・・
「 え? ああ ・・・ 青酸カリって知ってるだろ 」
「 ええ。 有名な古典的?毒薬でしょ 」
「 そ。 あれ さ 」
「 え!! こ この実が・・・ 」
フランソワーズは 手にしていた実を思わず放りそうになった。
「 お〜〜っと。 触っても平気って おばあちゃん、言ったろ?
食べない限り これはただの まあるい青い梅の実 さ。 」
「 ・・・ そっか ・・・ これが ねえ ・・・
あんなに可愛い花の実が 毒 なのねえ 」
「 うん、 ぼくもチビの頃にじっくり聞かされたなあ。
あ 黄色くなって下に落ちたヤツは 完熟してるからね
そのまま 食べても大丈夫さ。 」
「 猛毒が 消えるの? 」
「 そうらしい。 塩やアルコールや砂糖でも 毒は抜ける。
上手に付き合えば 梅の実は最高の果物だろうな 」
「 ふうん ・・・ 梅のお酒って な〜〜ん魅惑的 ね 」
「 ウチも梅酒、 つくってみるか? 」
「 ・・・ 乾したり漬けたり ・・・ 大変なんでしょ 」
「 あ? ああ それは 梅干しさ。
梅酒は そんなに大変じゃないと思うけどなあ 」
「 そうなの?? あ 八百屋さん、講習会やるって言ってたわ 」
「 お〜〜 いいじゃん 参加しようよ?
なんかさ〜〜 ウチに果実酒の瓶が並ぶっていいねえ 」
「 そうよねえ うめしゅ ってどんな味? 」
「 あ〜 あれは すばる向きかもなあ 」
「 え 小学生向けの おさけ?? 」
「 あ そういう意味じゃなくて。 ・・・ 甘いのさ 」
「 ・・・な〜るほど・・・
あら それじゃ梅シロップとか いいかも 」
「 うん うん。 いっぱい実を買ってゆこうよ 」
「 そうね そうね ああ 見てるだけでなんかいい気分よ 」
「 すっぱくて 甘い ― 梅って不思議だよねえ 」
「 皆 そうじゃない? 人生って ― すっぱくて 甘いのよ 」
「 ああ ・・・ うん ・・・ 」
ジョーとフランソワーズは 青々と茂った梅林を眺めている。
「 おと〜さ〜〜ん おか〜さ〜〜ん うめ とったぁ? 」
「 すぴかと僕 いっぱいひろったよぉ〜〜 」
チビ達がぶんぶん手を振っている。
「 あは。 さ 梅干しも元 を収穫しよう 」
「 うめしゅのもと でしょ♪ たのしみ〜〜〜 」
あははは うふふふ わあ〜〜い
いま 行くぞ〜〜 ほら こっちよぉ〜〜
島村さんち は いつも賑やか♪
****** おまけ
パリパリ ― 包装を剥いてお握りかぶり付く。
「 すっぱ〜〜うま〜〜♪ 」
島村すぴか は PCの前で夜食を食べている。
メニュウはいつも決まって ― 梅干し・お握り だ。
「 ん〜〜〜 ・・・ あとちょっと頑張るかあ〜 」
〆切りを目前、 すぴかはキーボードに向かったが
視線は ふらあ〜〜っと宙に浮く。
「 ああ ・・・ あの おばあちゃんの梅干し、 食べたいなあ
・・・ おか〜さんのお握り 食べたいなあ 」
すぴかは ぽつん、と呟く。
あの頃から ― もう随分と 遠く に来た。
場所も時間も そして 家族とも ・・・ 離れてしまった。
でも。 思い出はこんなにも鮮やかだ。
「 うめぼし ・・・ かあ ・・・ 」
すっぱくて 甘くて 懐かしい少女時代の想い出
ぽろん ― 涙が一粒 テーブルに落ちた。
**************************** Fin. *******************************
Last updated : 11.01.2022.
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*********** ひと言 **********
例によって 楽しい家族のなんてことない話 ・・・・
すぴかは 大人になって物書きになります。
エッセイスト とか 絵本作家とか ・・・・